2012.05.14 図書館にて
帰りたくない。
だけど、此処に居られるのも九時までだ。
そういっても別に九時まで居る積りもない。
きっと利口だからそれまですっかり落ち着いて、なにもなかったかのような顔をして、沢山の人が居る電車に揺られて、
沢山の音を聞いて
それでも、きっと家へ帰りたくない時は研究室なんかに留まって居られる教授を羨ましく思う。きれいな言葉じゃないな、裏、疚しい、なんて。
2012.05.14 揺れて微録
不在の意志が存在に滾りなく嫉妬してい
温度に細胞が溶けて流れ去るのに
不在の[………]は醜くなるばかり
其処にいないけれど消してやりたい
其処にいないけれど消してやりたい
自我願望と
数えきれぬ程摘んだ紅色の花束と
腐敗の細胞
喚き消す生殖謳歌の細胞
塩を積んで自殺細胞
溶けて生まれる
溶けて蒸発する

かわいらしく白に溶かした紅色の花たちが太陽に照らされ太陽に照らされかわいらしく微笑む微笑む太陽ばかりが、幻想の映写機

其の裏側に引き隠って
不在の自我が
存在に嫉妬している。

細胞の蒸発を祈る

ピアノを弾きながら死生を唄う
太陽の陰の夜会と厨房二番局て表層現実を嗤う
そんなものが何時何処に在った?
そんなものが何時何処に在った?
不在の存在が表層現実に嫉妬している
妬んでいる
太陽の裏に隠れてピアノを弾きながら
嗤っている
祈っている
凡て蒸発して消えてしまえ
不在の[………]が存在に嫉妬している
太陽に
濡れた生命に
依存せぬ存在に嫉妬している。





殴り書きもよい処。
 
1945年から45年。九十年代。九十年。十年前。僕の中では。今でも。九十年は、十年前。
 二十一世紀なんて恰も訪れたことなどなかったかのように。
 透明の管の道路や空を飛ぶ乗用車が存在しないように、体温感知の操作パネルもまた存在しない、とでもいうかのように。パーソナルコンピュータとは名ばかりの、解体して崩せばあれはプラスチックとその他よく判らない塵のバラック。文明謳歌する価値の欠片もない。カラーテレビだって同じ。色彩なんて不確かなものまで、情報伝授の電波に乗せることはなかったんだ。「有りの侭」なんて有様、それが仮に認識可能だとして、それでも、きっとそれをそれとして一切の狂いもなく認識できるのは、それをそう作った神様だけ。そんなもの、パーソナルコンピューターを造った「人間」と、同じくらいに嫌な話だ。
 1990年の筈。あの映画の舞台。撮ったのは何時だろう。もっと前なんじゃないかと思う。
 (此処まで書いて、左目に不可解な痛みを覚えて目薬を指すために一旦筆を止めながら、早速「神様」の反撃かと脳裏に皮肉を並べていると、目薬が効いたのか、それとももしくは存在を心底まで否定され掛かっているわけではないと神様が計り取って呉れたのか、不可解な痛みは漸く消えた)
 『八月の狂詩曲』の感想なんて端から書く気はないけれど、(映画を見たのも先生が黒澤くらい観ておかないと人間とは言い難いと云っていたからだ。何から観たら良いのか見当もつかないし、今まで小説でそうしてきたように題名から選んで『白痴』にしようかと思ったら借り出されていたから、次に気になった狂詩曲にしただけだ。観終わった後、ディスクを仕舞う為に手に取った時、その装飾印刷にこれは何かの悪意だろうかと疑った。初めはこんなシィンもあるのかと特に気に留めもしなかった、豪雨の中、既に折れた傘に引っ張られながらも進もうとするお婆さんの姿。「こんなシィンもあるのかしら」という無知に加わった情報は、ディスクを仕舞う私をとても居た堪れやしない心持にはしたけれど、幾分もどうしようもないから普通に着替えて普通にディスクを返しに行った)
 空白の十年の様。
 1990年は今でも変わらず十年前だ。
 たった十年で、それまで幾年幾百年幾千年もかけて積み上げてきたものが、
 こんなにも脆くなるものなのか。
 はたまた其れは黙示録を唄う時のように、ただそう決められていただけのことなのだろうか。
 発見の最後に物理法則が在って、原子力が在って、
 そうして最後には、「吹っ飛ぶ」だけのことが決められていたのだろうか。
 神様のおおきな、おおきな、眼に睨まれながら、「吹っ飛んで」しまうことを定められていたのだろうか。
 幾千年も積み上げてきたから視付けたものは、
 使い方を誤ったからではなく、欲の所為でもなく、
 どう足掻いても、そういう筋書きだったんじゃないかと思う。
 誰かが、否、おおきなおおきな「何か」が視ている。
 自然の雷雨が、突き刺さるように鋭く光る雷が、あの爆弾のように思えて、子供たちにシィツをかけるお婆さん。「あの日の雲とそっくり」だと云って、すっかり「あの日の気」になって、豪雨の中、役に立つ筈もない傘を差して、街の方にいる夫を探しに行ったお婆さん。そう、役に立つ筈のない傘を、それでも指していったの。それが人間。きっと、それがどうしようもなく人間の姿。悍ましいほどに、人間の姿。心配をした家族が慌てて傘一つ持たずに探しに出た中、お婆さんは、役に立つ筈もない傘に、風に負けて折れ曲がった傘に、易々と吹き飛ばされてしまいそうな、小さな小さな身体で――。(只の雷雨の中を、カン違いして、歩いていた)。
 
 やたらと昔の夢を視る。
 ううん。「夢」。
 重い重いレンガや石の建物が出てくるの。そんなもの、例えば新宿だったら思い当たるの伊勢丹くらいなのに、僕はレンガでできた学校に通ってるの。六階建ての校舎で、階段が急で、一階の授業が六階へ変更されてたら走ってもとくに間に合わないの。裏に森が在って、自然で、退屈で、昔で、夢。
 もう嫌だこんな処、
 もう嫌だこんな処、
 もう嫌だこんな処、
 何年経っても何処へ行っても同じことを云う癖に。
 たった十年前のことがあんなにも昔。
 たった十年前から、さらにまた十年経つなんて、とても現実だとは思えない。
 電子機器なんて殆どなかったの。大きなブラウン管、冷蔵庫、パーソナルコンピュータは、ベージュ色掛かった只の少し大きくて足元で邪魔に成るくらいの只の箱。
 箱。
 そう、箱。
 意識する箱。
 永遠に幾重にも入れ子人形だ。人間って。囲って囲って囲って囲って、細胞の中に在る構造を自身の外にも造らないと安心して呼吸して生体として生きられないの臆病だから。莫迦みたいだから。
 もういい、
 もう嫌なんだこんな処。
 壊れた傘、
 折れた骨、
 プラスチック。
 痛いから。
 痛いから。
 *
               
                             信じるものか

         金魚

                                 。
                                  〇
                                   ゜.
                                  ぶく
                                   ・
                                    。
                                   ぶ 
                                    く
                                     ゜。
                                    ぶ
                                   く
                                   ぶ
                                    く。
                                      .
                                     ゜
                                      〇
                                       。
                                       ぶ
                                        く
                                       ○゜
                                        .
                                       ゜




                          夏に溺れる

                          夏
                          祭り
                          葬儀
                          葬列
                          提灯  
                          熱
                          熱
                          熱
                          赤い
                          赤い


                          丸く
                             太った


   
                           金魚






                                 。
                            

 「時は消費された、」

 だから僕は、眼を閉じて自分を殺すイメェジに耽った。
 外では細かい雨が降っていた筈だ。結露した濃密な霧が溶けるような、
 細かい雨が降っていた筈だ。
 この首都に新しくできた電波塔は、
 世界で一番高くするんだと造られたバビロンのような電波塔は、確か来客を受け付けるのは五月からだ。
 今はまだ誰も居ない。
 どれ程の高さか知らないけど、
 僕はその天辺に立つことを想像した。
 細かい雨が降っている。
 尖った塔の天辺、
 僕は高所恐怖症ながらにその細い柱を掴んで、塔の天辺に居る。
 下を見下ろしている。
 実際、どれ程の高さなのだろうと思う。調べれば数字は出てくるだろうけれど、僕には数字で実際を測れる能力が欠けている。少なくとも、飛行機の窓に頬をぴったりくっつけて、紛れ雲を抜けて下降してゆく過程程にある訳は無いから、逆にして、丁度恐怖症が働くくらいの、首都を地平まで見晴らせるくらいの、そんな高さなのだろうと思う。
 落下ってどんなだっけ。
 少なくとも年に一度は必ず、下降過程に入る以前の旅客機から放り出されたような高さから落下する夢を視る。全身を何処かへ持っていかれそうな、身体細胞をすべて、ずぎゅうぅぅぅぅぅぅぅぅんと引っ張られる感覚がリアルで、地面へ到達した瞬間に、眼が覚める。恐かった。なんだ、夢かとか、安堵しながら。
 実際もそんなものだろうか。
 地面へ到達した瞬間に、意識は途切れるのだろうか。
 しかしやはり吃驚して、また何処かでうっかり目が醒めそうだ。
 それと、どれ程のイメェジを積んだって、
 飛べやしない。飛べるわけがない。正気では。
 都会の汚物になるのも、御免だしね。
 それでは銀行からお金を下して、新幹線に乗って、最終列車を乗り継いで、乗り継いで、縁も所縁も無い自然の断片を探しに行こうか。なるべく自然の繊維で作られた服を着て。そうして山奥や海にでも消えようか。
 仮想
 仮想
 仮想
 些細な遊び心。
 人の突然な死など、珍しい事でもないから。イメェジニ耽る。数え切れる程度の反応の有りそうな顔を浮かべて、今なら最も気の毒なのは、友人でも親戚でもなくて、顔をあわせるたびに「お元気ですか、」と尋ねてくる先生だと思う。少なくとも、それが一瞬だけのこととしても、無害な笑顔に伏せられた偽りを返されていたことに、真を好く思想のひとなら、憤慨せざるを得ない筈だもの。然し、そうか。死んでしまった人によっては、ああ、やはりと、思うかもしれないのだ。だって、あのひとの物腰や言葉や笑顔、嘘っぽかったものとか云ってさ。少なくとも、僕ならばそう感じることだろう。そうして、少しだけ、やはり思い出せる微笑の量に憤慨することだろう。僕が先生ならば、莫迦にしやがって糞餓鬼が、と、おもうことだろう。こうして、気紛れに、からかうことに使っては成らないのだろう。命というものは。本当に、だからひとって面倒だ。
 集め切れない睡眠薬
 手に入らないピストルの弾
 遠い、遠い、永遠の安眠。
 別に、死にたくも生きていたくもない。寧ろ等価値。授業をさぼって昼間まで眠る朝のような、その程度の感触のもの。
 偶に切実に思うのは、もう眼を醒ましたくないということくらい。
 自分から解放されたいと思うことくらい。
 全部嘘だったから、はじめから。全部間違っているから。生きていれば変れるなんて嘘だ。殻に合わせて捻じ伏せられる神経に耐える日々ばかり。こんなの存在って云えない。これから成れそうにもない。だから、
 
 今はまだ、来客の無い塔の天辺に立ち、
 下を見下ろすイメェジをする。
 もう、飛べる空は無い。
 それでも、僕は柱から手を放す。
 バランスが崩れた時の、身体の恐怖を、全身で噛み砕きながら、落下した。


 (了)